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Eさん(アスペルガーをもつ成人当事者)の体験談
生まれたときから、おかしな子でした。体もひどく弱く、コミュニケーションがとれない、まともに育たない、普通じゃありませんでした。そのため、高校を卒業するまで親から学校から地域から迫害を受けました。中学三年生の時精神を病み、高校二年生で精神科に行きました。そこでは発達障害の診断はなく、不安障害という病名がつきました。
家から逃げるように、精神科に通院していることを隠しながら看護学校に入学。
しかしコミュニケーション能力がないこと、学校での問題行動などを指摘され向いていないと言われ二年生になれず挫折。次いで介護福祉士の専門学校に行ったがそこでも鬱がひどく、問題行動を起こして停学。
そのときに親がたまたまパソコンで発達障害を見つけ、私もそれを見て確信しました。発達障害支援センターに電話をし、診断してくれる医師を紹介してもらい、診断にいたりました。
そのときもう学校をやめるように言われました。精神科に通い初めて六年九カ所目の病院でした。突然の診断でわけのわからないまま、年月が過ぎました。その間にトラブルがあったりして仕事ができなくなってしまいました。
仕事ができなくなって一年、ようやく障害と向かいあうようになりました。そして仕事がしたいと思いました。しかしもう定型のふりをして仕事をすることに限界を感じていました。ハローワークさんから障害者職業センターを紹介され、そこで訓練を受け、たくさんの人のサポートの元、障害者雇用でパートを始めることができました。障害者雇用と言っても、会社側は発達障害のことを知りませんでした。
そのためわかってもらうためにジョブコーチさんを通して店長に気持ちを伝えたり、たくさん話し合ったり、試したりして、やっと働きやすい環境になりました。今では、思ったことや悩んでいることを店長や社員に直接はなせるようになりました。
発達障害で困ることは、コミュニケーションがうまくとれないこと。理解がしにくいこと。突然の変更が大変なこと。数え切れないくらいあります。出会う人、お世話になる人には、そういう自分の傾向を最初から話しておくようになりました。
また、あまり知られていないのが、体に突然の不調を来すと言うことです。自分で頑張って調整しないとすぐに倒れてしまいます。いつも自分の弱い体と相談して動く毎日です。
そして、長い間の迫害の影響か、二次障害がひどく、たくさんの薬を飲まないと精神的に不安定になります。フラッシュバックや過呼吸なども頻繁に起こります。発達障害の人に必要なのはきちんとした理解されている環境だと思います。こんな思いをする人が減ってくれることを願っています。
いろんな困難を抱えながらも、自分のやりたいことなりたい夢や目標があります。それに向かって頑張っていきたいです。