自閉傾向のADHDを持つ子の母(自閉症、発達障害の子育て体験談+アドバイス)

自閉傾向のADHDを持つ子の母(自閉症、発達障害の子育て体験談+アドバイス)

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自閉傾向のADHDを持つ子の母

生後6ヶ月、肺炎で危機一髪といわれ、1歳半のけいれん重責発作、と何度となく三途の川を行ったりきたりしまして、気がつけば保育園で「お母さん、はさみが使えないんです」「お母さん、この子、丸がかけない。人の顔が書けないんですよ」と発達の遅れを指摘されました。

この2歳のころから便を部屋の壁に塗りたくったり、押入れでバターを食べていたりと奇怪な行動が目立ち始め、多動がひどく、すぐ道路に飛び出しバスにひかれそうになったのを覚えています。

3歳をすぎたのに攻撃的で園でのお友達のトラブルがあるとすぐ噛み付くなどの行動が見られ、「3歳過ぎてからはこんな子見たことない」と園長より異端児扱いされて転園を決意、そのころ大学病院で軽度精神遅滞のADHDであるといわれた為、聞いたことのない病名に必死で調べまわりました。おりしもそこより児童デイサービスを紹介されて、療育に通うこととなりました。

母子通園なのでまずおりこうさんに椅子に座って話を聞くことからはじめます。親も押さえつけるのに必死です。一緒の運動プログラム、感覚統合訓練、スイミングの開始。

そして思った以上に成果が出て療育を卒業。保育園も脳障害に理解のある園を選び、そこで伸び伸びと育つことが出来ました。しかし、そのころ自宅より勝手に外出し半日行方不明の徘徊事件を起こし、警察にお世話になりました。もう気が気でない私たちは勝手に出て行かないように工夫したり、発信機を持たせたりしました。

小学校に上がるようになっても目が離せない為仕事が終わる時間まで学童に異例の重々な話し合いの上引き受けていただき、今はもう徘徊することなく学童も無事卒業しました。

いまはADHDの衝動性が高く、集団に参加できない、知的障害もあって、特別支援教室と交流学級にお世話になっていますが、たびたびトラブルはあるものの大きな事件にならず、学校と協力しながら育っている最中でございます。出来ることもだんだんと増え、まだまだ育児に手はかかりますが、のんびりゆっくり行こうと思っています。

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